福井市越前海岸エリアに移住し半年経ちました。この土地で自分にできること、やり遂げたいことは何なのか、思うがままに書いています。

移住して半年

先日、ローカル新聞に越前海岸への移住者の一人として、取り上げていただきました。

移住して半年経ちますが、仕事もこれから、という感じで軌道に乗っている訳でも無いですし、新聞掲載なんて本当に恐縮なのですが、取材を受けて紹介されている文章を読み、自分を客観視するきっかけを得たかも知れません。

僕が移住したきっかけは、越前海岸で活動する魅力的な人達、取り分け「越前海岸盛り上げ隊」という、この過疎地への観光や移住を促進する若者の集まりでした。

新聞記事には、僕がそのような社会を前に動かす人達の力になりたいと思って移住した、というような内容が書かれていました。

そう、そうだったのですよ。

この地で自分にできること

今、オンラインで東京に住む方へ向けてプログラミング教室を開催していることが自分の中ではホットですが、僕の本業はweb制作で、中でも構築(コーディング)を専門にしていると自覚しています。

Webは情報発信の要ですが、他方、僕の持つ技術は土地に根付いた農業・漁業や観光業とは全く異なるので、この過疎地で商売として何を売りにしていくか、ということには日々悩んでいます。

とは言え、この半年間と言えば、お米、野菜、魚、卵、猪肉、鹿肉まで地元の人に貰ってばかりで、仕事は安定せずとも、暮らしはむしろ東京に居た頃より豊かです。

過疎化に対策する一方で、「ローカル」で「リアル」な地方の産業は、何とも逞しく、頼り甲斐があります。

自分が「移住」という選択をしたのも、そこに垣間見える田舎の富であり、また今のコロナ時勢に象徴的な、都会の脆弱性が見えていたからです。

地元の方々に、僕は食い扶持を心配されているくらいの身の上で、地域の役に立つなんていう目標は、おこがましいことかも知れません。

けれど、やはり自分がこの土地で生きていくということは、この土地を好きになり、この土地ならではの自分の価値を作り出していくことだと思っています。

子供達とやり遂げたいこと

また新聞記事に書かれた内容の話ですが、僕は越前海岸の人々の精神的な風通しの良さに、先進的な都会の気質を感じました。過疎化という大きな課題を抱えるからこそ、地域の人達が対策についてよく話し合い、集落の行く末に関心を抱いているのです。このような連携や共同意識は、都会の暮らしではなかなか難しいことだと思います。

ところで、プログラミング教室の多くは、子供の将来のために役に立つからプログラミングを体験させましょう、ということを親に対しての売り文句にしています。なるほど、自分の食い扶持を見つけることは誰にとっても切実でしょう。

けれども、僕のプログラミング教室で子供達に伝えたいことは、自分でお金を稼ぐ自立意識よりも先に、自分が自然や社会の一部である、という帰依(きえ)の精神です。

プログラミングは優れた道具だと信じていますが、それを扱う人が実利や結果に注視しがちなのは、とても危険な傾向だと感じています。

プログラミングを通じて、まずは「できる」という達成感を感じてもらいたい気持ちもありますが、自分の作ったプログラムで自分以外の誰かを喜ばせること、それがいかに難しいかという苦心、それこそが僕にとって子供達と共に経験し、やり遂げたい本当のゴールです。

ローカル×リアル×プログラミング

この記事を書きながら、僕は今、自分の仕事を軌道に乗せていくことと、子供達にどんな未来を作って欲しいかということを、だんだん重ねて見るようになってきました。

僕は30半ばではありますが、まだ人生の開花を迎えておらず、子供達に何か教えるなどと言うのは、おこがましく感じます。

2020年は小学校段階からプログラミング教育が導入される最初の年で、AIを始めとする技術の飛躍もあり、ここ数年はどこを向いても「プログラミング」という言葉が目立つようになりました。

AIやロボットも魅力的ですが、地方への移住を選んだ僕の場合は、土地に根付いたプログラミングの可能性を模索し続けます。

それには「ローカル」と「リアル」という切り口が突破口だと思っています。その根拠は、先にも述べましたこの土地の方々の逞しさ、頼り甲斐に他なりません。

そもそもプログラミングは、何か別の産業の役に立つために生まれた第三次産業ですから、プログラミングのグローバルな物の見方を学びつつ、ローカルな感性や、リアルな物作りの体験から触発されて、何か新しい価値を見出せるかも知れません。

試行錯誤は続きます。

ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。